アカシックレコードへのアクセス方法

アカシックレコード(レコード)は、膨大な情報の塊である。

それは、まだ「物質化」していない「根源の素材」と言える。

 

この「根源の素材」を見る事がレコードへの「アクセス」と言える。

 

料理でも同じだが、出来上がった「料理」は「結果」でしかない。

料理人は、出来上がった料理を味わい、構成を理解・分解して材料を見極める事ができる。

 

 

感覚としてはそれに似ている。

 

 

レコード自体を見ても、ただの情報の塊でしかなく、「何の料理?」という「前提(問い)」が必要なのだ。

そこで、レコードへアクセスする前に必要な事として「問い」を作る。

 

 

「問い」があり、初めて「答え(根源の素材)」への「ルート(構成方法・分解)」を見つける事ができる。

 

まずは「問い」を作る事だ。

それが「レコードへの道」となる。

 

 

次に、レコードへのアクセスは自分自身(または他人)を使う。

 

 

問いは「自分の内なるデータ」から出てきた「結果」である。

簡単にいうと、自分の知る事しか「問えない」という事だ。

 

 

という事は、自分の中で「問い」を質問・確認する事が手っ取り早い。

 

 

アクセスには「自身の心臓」を使う。

もちろん道具としてではなく、扉として使う。

 

 

自分の心臓が体の中にあり、鼓動を打っている感覚を得る(イメージ化する)。

その心臓には、背中を通して後ろから空へと伸びる「透明な管」のようなものがあるとイメージする。

 

管はずっと上に続いていて、ほぼ透明なものであるが、「管の外」から「管の中」には入れない。

管の中に入るためには、心臓にある「扉」から入るほかはないのだ。

 

 

一度心臓へ戻ってみよう。

 

イメージの心臓には、その「問い」に対する「扉」が付いている。

重い扉なのか、硬い扉なのか、はたまた引き戸なのか…それは「問い」次第ではあるが、扉をイメージする。

 

 

その扉が開かず、もし鍵がかかっているなら、鍵を開けなければならない。

鍵は「自身の中」で「許可」を得る事で開く。

 

「許可」とは「知る覚悟」の事である。



 

それを「知って」どうなっても問題無いと心に誓うのである。

言い換えれば、許しを得るのだ。

 

 

「知る」という恐怖が「鍵」をかける。

鍵をかけているのは「自分」なのだ。

 

 

扉が開くと、心臓の部屋を通り過ぎて背中側に向かう管が見える。

管は中から進む事ができ、ずっと上に続いている。

 

 

上に向かった先、宇宙空間まで達する程長い管の先には、部屋が見える。

管からは全体が見えないが、部屋だとわかる。

 

また、もし進んだ先の部屋にも「扉」がある場合は、何かが侵入を阻んでいる可能性がある。

心の許しをもう一度得ると良いだろう。

 

 

 

扉が開くと、そこは無限に続くほど大きな「図書館」となっている。

 

本や雑誌、またはコミックだろうか、いたるところに書物が並んでいる。

天井を見ても、天井が見えないほどの高さがあり、壁一面は本棚で埋まっている。

 

 

レコードはココである。

ココの中のどこかに「問い」に対する「素材」が眠っている。

 

 

まずは上記のアクセス方法の練習から始めると良いだろう。

あと、手当たり次第本は開けない事だ。

 

 

自分が知りたいと願う「本」を探す事をお勧めする。

 

 

あくまでこれは、「イメージ」の練習である。

「根源の素材」が「情報」であるならば、イメージも情報である。

 

情報と情報はやり取りができる。

イメージの練習を行うと良いだろう。

 

 

編集後記

レコードへのアクセスは誰でもできるものです。とても簡単だし、寝てる時ですら皆んな行っている。

なぜ禁忌的な扱いになっているのかが分からないのが自分の感想だ。

 

ただし、悪用はするべきじゃないとだけ伝えておく。

人の死期や、過去生、未来を見ても、正直面白くないし、それを言える相手はほとんど存在しない。

 

自分の趣味程度にすると良いだろう。
と思うけどね。

 

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